おしらせ

 
イベント案内
オールドレンズ写真学校ワークショップ
9月3日(日)場所はアクアパーク品川 申込制:定員15名(間もなく定員オーバーとなりキャンセル待ちに入るそうです) 詳しくはこちら スタッフとして参加予定です。

オールドレンズxポートレート写真展2
9月16日(土)―9月18日(月・祝)場所は学芸大前 こちらも関連ワークショップですので、お知らせいたします。詳しくはこちら

オールドレンズ写真学校ワークショップ
9月23日(土)場所は巾着田 申込制:定員15名(既に申込が続々と入っているそうです。最近、定員オーバーが多いので申込はお早めに) 詳しくはこちら
スタッフとして参加予定です。


2014/05/29

LZOS Jupiter-12 35mm F2.8 (L39)




カメラの都合など考えもしない大きな後玉が
レンズマニアたちの心をグラグラと揺さぶる
ロシア版ビオゴン:
Jupiter-12 35mm F2.8
Jupiter-12(ユピテル12/英語名はジュピター12)はロシアのKMZ(クラスノゴルスク機械工場)が1950年に発売したBiogonタイプの広角レンズである。巷ではZeissのLudwig Bertele (ベルテレ博士)が1936年に設計したContax版Biogon 35mmをそのままコピーしたレンズ(デットコピー)と誤って解釈されることが多いが、厳密にはBiogonの設計を簡略化した新開発のレンズであるBiogonの持つ線の太い描写、高いコントラスト、ヌケが良く色鮮やかな発色、穏やかで安定感のあるボケを受け継ぎ、Berteleが世に送り出したもう一つの名玉Sonnar(ゾナー)を彷彿とさせる描写設計である。

BiogonはZeissのBerteleが1931年に設計したContax版Sonnarから発展したレンズである(下図)。Sonnarには画角を広げ過ぎると非点収差が急激に増大するという収差的な弱点があり、標準~中望遠には対応できるものの、広角レンズを実現するには基本設計に大幅な改良を施す必要があった。Sonnarの性質を維持しながら、同時にこのレンズの弱点を克服することがBiogonの開発に至ったBerteleの動機である。Berteleは研究を重ね、Sonnarの最後尾に巨大な後玉を据え付けるという新しい着想に辿りついたのである。
Sonnar(上段・左)からJupiter-12(下段・右)に至る光学設計の系譜。黄色で着色した部分がSonnarから引き継いだ形質である。こうして並べ比べてみると、Jupiter-12は確かにBiogonをベースに造られたレンズであることがよくわかる。我々の良く知るContax版Sonnarは上段・左に示すようの前群側に3枚接合ユニットを持つ設計形態であるが、Jupiter-12やBiogonの大半のモデルでは、この部分がガウスタイプと同じ2枚接合ユニットへと簡略化されている。構成図出展:Biogonの構成図はBerteleが出願した一連の特許資料からトレースした。また、KMZ BK-35は文献[1]からのトレース、Jupiter-12はレンズ購入時に付属していたマニュアル資料からのトレースである


Jupiter-12は1950年にKMZ社が発売し、Leicaスクリュー互換のZorki(ゾルキー)用と旧Contaxマウント互換のKiev(キエフ)用の2種が市場供給された。初期のモデルはクローム鏡胴のみで1960年からはブラックカラーも登場している。1958年にはLZOS(ルトカリノ光学硝子工場/Lutkarinskij Zavod Opticheskogo Stekla)とArsenalがレンズの生産に参入し3社による生産体制となるが、3年後の1961年にKMZとARSENALは同レンズの生産から撤退、これ以降はLZOSによる単独生産となっている。現在の中古市場に流通しているレンズはLZOS製の製品個体が大半で、KMZ製はやや少なく、Arsenal製を目にすることは極稀である。市場にはZorki用とKiev用の2つのモデルが流通しており、1950年代~1970年代に生産されたクローム鏡胴のバージョンと1970年代~1980年代に生産された黒鏡胴バージョンの2種に大別できる。最後まで製造が続いたのはLZOS製の黒鏡胴バージョンである。私が市場に流通しているレンズのシリアル番号を片っ端から調査した感触によると、レンズの生産は少なくとも1991年まで続いていた。
なお、記録によるとJupiter-12にはBK-35 (Biogon Krasnogorsk 35/1947-1950年)という前身モデルが存在し、ZeissのBiogonをベースにドイツ産の硝材を用いて設計されたと記されている[1,2]。構成図をみるとBK-35の光学系は後群・第一レンズの曲率が妊婦のお腹のように大きく膨らんでおり、Biogon(1937)からJupiter-12へと移行する過渡的な設計形態になっていることがわかる。

参考文献・WEBサイト
[1] КАТАЛОГ фотообъективов завода № 393(ZenitのHPに掲載)
[2]SovietCams.comJupiter-12 )
[3] Marco Cavina’s wonderful HP: marcocavina.com

入手の経緯
本レンズは2013年8月にeBayを介しポーランドのレンズ専門セラーから110ドル+送料10ドルの即決価格で落札購入した。オークションの解説では「ガラスはMINTコンディション。ミラーレス機でテスト済だ。フォーカスリングと絞りリングの回転はスムーズで、絞り羽に油染みはない。硝子に傷、クリーニングマーク、クモリ、バルサム切れ等の問題はない。前後のキャップとケースが付属する」とのことである。届いた品は鏡胴に少し汚れがあり、前玉にクリーニングマークが1本あった。ホコリは経年相応で清掃が必要なほどでもない。この程度の相違は織り込み済みなので、私には十分な状態であった。eBayでの相場は状態の良い個体で100ドル前後である。未使用と思われるデットストック品が現在でも数多く流通しているので、焦らずにジックリと選び、良いものを手に入れるとよいであろう。なお、Arsenalの製造したモデル(1958-1961年生産)、KMZの製造した黒鏡胴モデル(1960-1961年生産)、および初期のKMZ BK-35(1947-1950年生産)は希少価値が高く、上記の相場価格は当てはまらない。最近はロシアやウクライナの一部のセラーがJupiter-12の名板のみをすげ替えたBK-35の模造品を売り出しているので、注意したほうがよい。ちなみに模造品のeBayでの相場は200~250ドル程度である。
Jupiter-12: 最短撮影 1m, フィルター径 40.5mm, 絞り羽 5枚, 重量(実測) 100g,  焦点距離 35.7mm,  絞り指標 F2.8-F22, 構成 4群6枚 (戦前のBiogon前期型), 63年製, メーカー LZOS(ルトカリノ光学硝子工場), 解像力 36 line/mm (中央) 18 line/mm (コーナー)。なお、レンズ名の由来はローマ神話の最高至上の神の名ユピテル
撮影テスト
Jupiter-12はコントラストが高く、鮮やかな発色とシャープな写りを特徴とするレンズである。解像力は平凡で線は太いものの、開放から滲みやフレア(収差由来)は少なく、スッキリとヌケのよい描写である。ただし、絞っても階調はなだらかで適度な軟らかさを維持している。ボケは四隅で半月状に崩れコマ収差の発生を確認できるが、中間画角までは整っており柔らかく拡散している。グルグルボケ、放射ボケ、2線ボケなどの乱れは検出できない。開放では発色が極僅かに温調気味になることもあるが、絞れば安定し概ねノーマルである。内面反射が少ないようで、逆光にはそこそこ耐え、ゴーストやグレア(内面反射光の蓄積に由来するハレーション)は出にくい。広角レンズには珍しい糸巻き状の歪曲がみられるものの通常の撮影で目立つことはない。全体的にみて、とても安定感のあるレンズといえるだろう。なお、フルサイズセンサーを搭載したミラーレス機(sony A7)で使用すると、画像の端の方にマゼンダ色の色被りが見られることがある。これはカラーシフトと呼ばれるデジタル・ミラーレス機に特有の現象で、バックフォーカスが短かいレンズや後玉径が小さいレンズを用いる際、センサー面に急角度で入射する光に対して赤外線カットフィルターの効きが弱くなるために起こる現象である。バックフォーカスが最も短くなる遠方撮影時において特に顕著になる傾向がある。一回り小さなAPS-Cセンサーのカメラでは目立つことはなく、銀塩フィルム機では全く問題にはならない。

Camera: sony A7
撮影: 伊豆大島(2014年5月3--5日)
タイトル「油断」, F8(上) /F8(下, APS-C crop-mode), sony A7(AWB): 上段の写真では左右の端部に若干のマゼンダ被りがみられる。これはバックフォーカスが短いレンズをフルサイズミラーレス機で用いる際に、赤外線カットフィルターの効きがセンサー周辺部で弱くなるために起こる現象である。APS-Cサイズにクロップした下段の写真では全く目立たなくなる
F2.8(開放), sony A7(AWB): 開放でもスッキリとヌケの良い写りである。後ボケは穏やかで柔らかく、四隅までよく整っている。グルグルボケや放射ボケは見られず2線ボケも検出できない
F4, sony A7(AWB): 滲みはまったく見られず発色はとても鮮やか。シャープなレンズだ
F5.6, Sony A7(AWB): 開放でのショットはこちら。いずれもコントラストは高く発色は鮮やかである。ただし、絞っても階調は適度に軟らかい

F11, Sony A7(AWB): フォーカスポイントを人物にとり、パンフォーカスで撮影している。遠方撮影で空が入ると、やはりマゼンダ被りが目立つようになる。本レンズの場合、後玉が大きく飛び出しているためか、この傾向は絞っても改善しない。四隅では若干の解像力不足を感じるが、引き伸ばさなければ判らない。伊豆大島にある火山灰の堆積でできた地層断面













F8, sony A7(AWB): マゼンダ被りや周辺光量落ちは遠方撮影時に特に顕著にあらわれる現象である。これくらいの撮影距離までなら全く目立たない。うちの娘・・・一体何がしたいのだ


BiogonとSonnarは言わば親戚関係にあるため、写りが似ているのはごく当たり前と考える方も多いかもしれない。しかし、Sonnarだった頃の形質は後群の第一レンズ(構成図の中に黄色く着色した部分)のみであり、もはや別設計のレンズと捉える方が妥当である。むしろ、興味深いのは設計の異なるBiogonとSonnarの写真描写に高い類似性がみられる点である。Berteleの発明した設計というだけで、どうしてここまで写りが似ているのだろうか。我々が目の当たりにしているのは写真レンズの描写に対し設計者ベルテレが貫いた揺るぎない理念なのかもしれない。ロシア版BiogonのJupiter-12にも、こうしたベルテレの描写理念が忠実に受け継がれているのである。