おしらせ

 
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オールドレンズ写真学校12月ワークショップ
今月は12月17日(日)の予定です。場所はみなとみらい。詳しくはこちら
既に定員オーバーのためキャンセル待ちとなっています。最近の傾向として募集開始から3日程度で定員が埋るようですので、募集開始日を事前に確認しておく事が肝心です。

2013/02/28

Boyer paris Beryl 90mm F6.8 and Saphir 《B》 100mm F4.5

 
パリを拠点に戦前から活躍していたレンズメーカーのBOYER(ポワイエ)社。同社の生産したレンズには宝石や鉱物の名が当てられることが多く、Saphir(サファイア/蒼玉)、Topaz(トパーズ/黄玉)、Perl(パール/真珠)、Beryl(ベリル/緑柱石)、Emeraude(エメラルド)、Rubis(ルビー)、Jade(ジェード/ひすい)、Zircon(ジルコン/ヒヤシンス鉱)、Opale(オパール)、Corail(サンゴ)、Onyx(カルセドニー)などがある。レンズを設計していたのはSuzanne Lévy-Bloch(スザンヌ・レビ-・ブロッホ) という名の女性エンジニアである。フランス!、宝石!!、女性設計士!!!。気分がワクワクと高揚してしまうのは私だけであろうか?

パリで生まれた宝石レンズ達
Boyer Beryl and Saphir 《B》

Boyer(ポワイエ)社は1895年にAntoinr Boyer(アントワーヌ・ポワイエ)という人物がフランスのパリに設立したレンズメーカーである。設立当初は従業員4名の小規模な会社であったが1925年に転機が訪れる。創業者のAndré Boyerが死去し、会社の経営権が息子のMarcel Boyer(マルセル・ポワイエ)に引き継がれたのである。ところがMarcelは経営を嫌がり、直ぐにBaille-Lemaire社・写真部門のチーフマネージャーAndré Lévy (アンドレ・レビー) [1890-1965]に会社を売却してしまった(1925年)。そして、新たな経営者となったAndréの妻こそが、その後40年に渡りBoyer社の主任レンズ設計士となるSuzanne(スザンヌ)その人である。
   Boyer社が生産したレンズは一般撮影用(スチル用/シネ用)をはじめ、写真製版用、引き伸ばし用(印画用)、複写用、プロジェクター用、オシロスコープ記録用、航空撮影用など多岐にわたる。レンズの設計構成もダブルガウス型、テッサー型、トリプレット型に加え、ペッツバール型、ダゴール型、プラズマート型、トポゴン・メトロゴン型、ヘリアー型などマニア心をくすぐるものが揃い、設計士Suzanneの趣味の広さを知ることができる・・・。いや、単に天真爛漫なうえ夫が経営者なので好き勝手し放題だったのかもしれない。きっとそうだ。

女性設計士Suzanne
Suzanne Lévy-Bloch(スザンヌ・レビ-・ブロッホ) [1894-1974]はパリで活動していたアルザス人建築家Paul Bloch(ポール・ブロッホ)の娘である。彼女は数学で学位を取り、シネマスコープの発明者として名高い天文学者Henri Chrétien(アンリ・クレティアン)に師事した。ちなみにP.Angenieux(ピエール・アンジェニュー)もHenriに師事したかつての同門生である。彼女はその後、Henriが創設に協力したパリの光学研究院(Institut d'optique théorique et appliquée)のエンジニアとなっている。夫のAndréが1925年にBoyer社を買い取り経営者につくと31歳で同社の設計士となり、その後はAndréと死別する1965年まで数多くのレンズ設計を手掛けている。彼女の孫娘Isabelle Lévy(イザベル・レビー)はSuzanneがフランスで最初の女性光学エンジニアであったと確信している。Isabelleは彼女の祖父母達(AndréとSuzanne)のことを回想し、祖父Andréは会社の経営、祖母Suzanneはレンズの設計に専念しながらも、2人が一体となって事業に取り組んでいたと述べている。Suzanneは会社にとって欠かせない存在でありながら、同時にLévy家の母として家事・育児をこなしていたわけだ。おそらくAndréはSuzanneの尻に敷かれていたに違いない。マニア心をくすぐるBoyer社のレンズ達は、こうした夫婦間の力関係によって生み出されたのではないだろうか。なお、1965年に経営者Andréが死去すると会社の運営は長男のRobert Lévy(ロバート・レビー)が引き継いでいる。

BOYER社のその後
1965年にBoyer社の経営はLévy家の長男Robertの手に引き継がれるが、会社は間もなく経営危機に陥り1970年代初頭に倒産している。ヨーロッパの写真工業は60年代から70年代にかけて衰退の一途を辿っており、Boyer社もその例外ではなかったのだ。倒産後、会社はいったん閉鎖されるが、その後フランスの光学機器メーカーCEDIS(セデス)社のオーナーM. Kiritsisによって買収され、レンズの生産はCEDIS-BOYER社のブランドとして復活する。Kiritsisという人物はBoyer社買収の数年前まで存続していた光学機器メーカーRoussel(ラッセル)社の前オーナーでもあった。CEDIS-BOYER社レンズの設計と組み立ての最終工程のみを行う事業規模の小さな会社であり、レンズエレメントなどの外注部品の製造はBoyer社時代の人脈に頼っていた。同社はその後10年間存続し、オーナーのKiritsisが死去した後、1982年に閉鎖されている。

Beryl 90mm F6.8: 重量(実測) 91g, 絞り羽 12枚, 絞り値 F6.8-F32, フィルター径 19mm, マウント M39/L39, レンズ構成 2群6枚(Dagor型), 真鍮製バーレルレンズ

Saphir 《B》 100mm F4.5: 重量(実測)210g, 絞り羽 18枚,絞り値 F4.5-F22, 構成4群6枚(Plasmat型),フィルター径 36mm, M39/L39マウント, 真鍮製バーレルレンズ。戦前の古いBoyer製レンズによくみられる鏡胴内の黒いコバの劣化が本レンズにもみられる。海外のマニア層の間では最近この現象をBoyeritisと呼び始めている(Schneideritisにかけた造語)
今回、私が入手したレンズはBOYER社の中でも比較的レアなモデルと言われるDAGORタイプ(2群6枚)のBERYL(ベリル) 90mm F6.8と、比較的入手しやすいPLASMATタイプ(4群6枚)のSAPHIR(サファイア) 《B》 100mm F4.5である。Boyer社のレンズはその大半が特許期限の切れた他社のレンズ構成を模範とする再設計品であり、Beryl 90mm F6.8も前エントリーで取り上げたGoerz社のDagor 90mm F6.8をお手本にSuzanneの手で再設計された改良レンズである。デットコピーではないと言い切れるのはBeryl 90mmのバックフォーカスがDagor 90mmのそれとはかなり異なるからである。また、Dagorは絞りに対する焦点移動(フォーカスシフト)がたいへん大きなレンズであるが、Berylではこの点がかなり改善されているという報告もあり、絞り込んで撮影する場合にも開放でピント合わせができるよう改良されている。Berylは色収差の補正が非常に優れているという報告もある。 レンズの名称はベリリウムを含む六角柱状の鉱物「緑柱石」から来ており、宝石のエメラルドはその一種として有名である。第二次世界大戦前の1939年までに少なくとも6種類のノンコート・モデル(焦点距離50mm, 85mm, 110mm, 135mm, 180mm, 210mm)が発売され、戦後になってからは1970年代に少なくとも11種類のモデル(85mm, 90mm, 100mm, 110mm, 135mm, 180mm, 210mm, 240mm, 250mm, 305mm, 355mm)が発売された。いずれもDagorと同じF6.8の口径比を持ち、前群を外した状態において後群のみで撮影することもできる。この場合には焦点距離が約2倍、開放絞り値はF13となる。なお、同社のレンズは1947年以降の製造ロットからガラス面にコーティングが施されるようになっている。Berylの姉妹レンズとしては近接撮影用に設計されたと思われる用途不明のBeryl S F7.7と、リプログラフィック用レンズとして供給されたEmeraude(エメラルド)F6.8があり、いずれも構成はDagorタイプである。Berylにはシンクロコンパーシャッターを搭載した製品個体もあるため、一般撮影用に設計されモデルなのであろう。
一方のSAPHIR 《B》は4群6枚の構成を持つPlasmat(プラズマート)型(空気層入りの変形DAGORともとれる)の引き伸ばし用レンズである。このタイプの構成も人気があり、光学機器メーカーの各社からレンズが供給されていた。良く知られたものとしてはSchneider社Compononがある。設計特許としては1903年にSchultz and Biller-beck社のE.Arbeitが開示したEuryplan(オイリプラン)が最初のようである。ちなみにSchultz and Biller-beck社は後にHugo Meyer社に買収され、Euryplanの設計特許はHugo Meyer社のルドルフ博士の手によってPlasmatの開発に再利用されている。レンズの名称はもちろん宝石のサファイアである。SaphirはBoyer社が最も好んで多用した宝石名であり、この名称を持つレンズのみGauss型、Tessar型、Plasmat型など光学系の構成が多岐にわたる。今回入手したレンズ名の末尾に《B》の記号がついているのは、TessarタイプのSaphirと識別するためであろう。《B》の表記があるものがPlasmat型で、無表記のものがTessar型またはGauss型となっている。引き伸ばし用レンズを意味しているわけでないことはTessarタイプのSaphirにも引き伸ばし用レンズが存在することから明らかである。第二次世界大戦前の1939年までに少なくとも6種類のノンコート・モデル(焦点距離85mm, 100mm, 110mm, 120mm, 135mm, 210mm)がF4.5の口径比で発売され、戦後は1970年代に口径比F3.5を持つ少なくとも9種類のモデル(焦点距離25mm, 35mm, 50mm, 60mm, 65mm, 75mm, 80mm, 85mm, 95mm)と、口径比F4.5を持つ少なくとも6種類のモデル(100mm, 105mm, 110mm, 135mm, 150mm, 210mm)、および300mm F5.6が発売された。戦後に発売されたモデルにはガラス面にコーティングが施されている。なお、このレンズにはSAPHIR 《BX》という名で1970年代に発売された後継製品が存在している。

参考文献:Dan Fromm (USA) & Eric Beltrando (France), "Optiques Boyer: A short history of the company with an incomplete catalog of its lenses", Sept. 2008

  
入手の経緯
今回取り上げるBeryl 90mm F6.8は2013年2月にeBayを介してチェコのカメラメイトから入手した。レンズは送料込みの150ドルで売り出されており、値切り交渉を受け付けていたので118ドルでどうかと強気に提案してみたところ私のものとなった。外観はペイントのハゲが目立っていたが、商品の状態については同ショップによる(A)ランクの格付けで、「クリーンオプティック」と強気の解説なので、ガラスの状態は良さそうであった。BerylはBoyer製レンズの中でも市場にあまり出回らない比較的珍しいモデルである。口径比が暗いうえにマウント部がM39/L39ネジになっていることから、引き伸ばし用レンズとして認識されていたのかもしれないが、とにかく安く売られていた。届いたレンズは撮影に影響のないレベルのホコリと極薄いクリーニングマークがあったが、状態は良好である。DAGORタイプにしては破格値で手に入れることができたわけだ。ニシシ・・・。
続いてSAPHIR 《B》 100mm F4.5は2013年2月にeBayを介してポーランドの大手中古業者から入手した。商品は「ガラスに傷、カビ、バルサム切れはなく、わずかに使用感あり」との解説で200ドルの即決価格で売られていた。この業者はレアな商品を多く取り扱うが商品の状態については博打的な要素が強いので、クモリについてはどうなのかを事前に問い合わせ「クモリはない」との返答をもらっておいた。値切り交渉を受け付けていたので165ドルでどうかと提案したところ私のものとなった。送料込の総額は190ドルである。しかし、届いた品はフロントガラスに肉眼で判るほどの明らかなクモリである。セラーに連絡を取り、写真を添え、「あんなに慎重に尋ねたのに何でクモリなのですか?私が返送代金を払い損をするんだから、ちゃんと説明してくださいね!」と弁明を要求しつつ、「返送料を加えた返金に応じるなら落札者フィードバックはネガティブにもニュートラルにもしませんよ」と逃げ道を与えることで返送料を加えた全額返金に応じさせた。相手に明確な手落ちがある場合にはeBayの取引規定(返品時の送料は落差者負担)を無視し出品者に返送料を要求してもよいというのが私の持論である。例えば全く異なる商品が送られて来た場合には出品者が返送料を支払うのが筋であろう。セラーに対して何も主張しなければ通常は取引規定に呑まれてしまうのだ。なお、クモリの影響を見るため1枚だけ部屋の雛人形を試写してみた。
 
マウント部の変換
Boyer社のレンズは一部の製品を除きヘリコイドの省かれているものが大半である。多くはマウント部がM39/L39ネジで供給されているので、M39-M42アダプターリングを介してM42フォーカッシング・ヘリコイドに搭載すれば、無改造のまま一眼レフカメラやミラーレス機で使用可能になる。

M39-M42リングアダプターを装着しマウントをM39/L39からM42に変換する。これでM42フォーカッシング・ヘリコイドに搭載できる

M42フォーカッシング・ヘリコイド(36-90mm)に搭載した様子。後列のSaphir《B》は返品したので、ここでは単なる飾りとして掲載している
M39-M42リングアダプターやM42フォーカッシング・ヘリコイド(36-90mm)はeBayから常時入手することができる。上の写真はBeryl 90mm F6.8をM42フォーカッシング・ヘリコイドに装着した例である。使用しているヘリコイドは高伸長タイプなので最短撮影距離は40cm程度となりマクロ撮影も可能だ。一方、遠方側の最長ピント部は無限遠を通り過ぎ若干のオーバーインフとなる。このままM42レンズとして使用することもできるし、マウントアダプターを介してNikon Fマウントのカメラで使用することも可能である。この場合は補正レンズを使わないで無限遠のフォーカスを拾うことができる。

撮影テスト
BerylはGoerz社の傑作レンズDagorを模範とするBoyer社の改良レンズである。ピント部の画質は四隅まで安定しており、Dagor 90mmの作例(こちら)で近接撮影時に見られた僅かな色収差もBeryl 90mmではほぼ完全に補正されている。Dagorともどもヌケの良いレンズなので、スッキリと写り、温調気味の鮮やかな発色である。
Dagorと言えばコーティング技術が実用化されていかった時代に空気境界面を徹底的に減らすことで内面反射光を抑さえ、アナスチグマートでありながら高い階調描写力を実現した画期的なレンズである。空気とガラスの境界面が僅か4面しかないという特異な設計構成であることに加え、ハロやコマが殆どないため、コントラストが高く、階調描写はとても鋭い。元々はコーティングに頼らなくても充分シャープに写るレンズ構成であるが、Berylの場合には1970年代のモデルチェンジで現代の技術水準に近い高性能なコーティングが施されている。このため、コントラストやシャープネスは異常に高く、シャドー部には驚くほど締りがある。しかし、その副作用として晴天時などで使用すると階調の硬化が進み、中間階調が奮わず黒潰れを頻発してしまう。この種の悩みは1970年代以降のテッサーやトリプレットにもみられる。こういう描写を焦げた目玉焼きなどにかけて「カリカリの描写」と呼ぶらしい。オールドレンズ愛好家達は階調描写のなだらかさや中間階調の豊富さに古典レンズならではの価値を見いだしているが、一方でシンプルな構成を持ちヌケの良い古典レンズに現代のコーティングを施すと、レンズの性質が反転し本来求められていた描写特性とは正反対の極めて鋭利な性質が表れてしまうのであろう。コントラストやシャープネスは単に高ければ良いというものではない。Berylはその事を私たちに教えてくれる模範的なレンズなのだ。なお、このレンズを晴天下で使用する場合はレンズフードを故意に外すなど、階調描写力の暴走にブレーキをかけるための特別な配慮が必要になってくる。
 

CAMERA: EOS 6D, AWB
LENS HOOD: 北方屋特性Elmar専用マイクロメタルフード
Beryl 90mm F6.8@F16+EOS 6D(AWB): 近接撮影でも高い解像力を維持している。このとおりスッキリとヌケの良いレンズだ
Beryl 90mm F4.5@F8+EOS6D(AWB): 少し絞るだけで解像力はこのとおりに高く、ピント部の画質は四隅まで安定している

Boyer Beryl 90mm F6.8@F6.8(開放)+EOS6D(AWB): コントラストが高く、開放絞りでもこれだけシャープに写る。ただし、日差しが強いとシャドー部が完全に黒潰れしてしまい、中間階調を省略したような描写に時々頭を抱えてしまう

Beryl 90mm F6.8@F8+EOS 6D(AWB): 発色はとても鮮やか。やや温調気味の傾向だ

Beryl 90mm F6.8@F6.8+EOS 6D(AWB): 後ボケはやや硬く距離によってはザワザワと煩くなることもある


Beryl 90mm F6.8@F6.8+EOS 6D(AWB): 前ボケはフワッとしていて悪くない印象だ
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下の作例はSaphir《B》でクモリの影響を見るために室内で試写した結果である。レンズ本来の実力ではないので参考程度にしてほしい。


Saphir《B》 100mm F4.5@F11+EOS 6D(AWB): クモリの影響で解像力はそれほど高くはないし、ヌケも今一つ。世評ではシャープな描写力を持つレンズとのことである。はやり返して正解
SAPHIRはBoyer社が最も好んで多用した宝石名である。設計士Suzanneはこの宝石に特別な思いを抱いていたのかもしれない。ちなみに世界4大宝石の中に同社のレンズ名として使用されなかったものが一つだけあり、宝石の王者ダイアモンドである。この宝石名が使用されなかったことには何か深い事情があったのかもしれない。